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2019年2月 2日

李晋、実は生きていた? ~となると、その後のストーリーが全て繋がってくる・・・

 「清和会」といえば
いまや自民党を乗っ取ってしまった勢力だが
「倭人を征服する会」すなわち征倭会の別名といわれている。

 その清和会本部は
旧赤坂プリンスホテルの旧館・旧李王家邸内に事務局を設置していた。
そこは李垠が1926年王位を継承し、梨本宮方子と結婚し生活した由緒ある場所。
文字通りプリンスの館だった。


 清和会の源流は岸信介にあって
李一族を復活させたく、それには独裁体制が欠かせず
そこに統一教会が支援し、征倭会の夢と野望が叶う・・・

統一教会
その日本支部を自宅・渋谷区南平台のすぐそばに建てさせたのも岸信介。
晋太郎に娘洋子を嫁がせ、新聞社を辞めさせ外務大臣秘書官にしたのも岸信介。

天皇制を終わらせ、日本を朝鮮に組み入れたいという野望には ※最後の天皇--> こちら
李一族の血を引くプリンスが必要となり、その為の李晋という筋立てがあったのだろう。
ところが、そのプリンスは途なかばで倒れた。

 その李一族を復活させるという野望は統一教会、征倭会とも一致し
実現に向けて動いているのがアベ晋三といえようか。
「オレ様が朝鮮の王になるんだ」なんちゃって・・、
俄には信じがたい話だが、
そう思い込んでいるのかもしれない。

李一族、李垠の第一子王子「李晋」  クリックで原寸大
LeeFamily_s.jpg


【追記】
1923/9/1の関東大震災がポイント。
Wikiによれば安倍寛が経営していた自転車工場は関東大震災で倒産。
その後、東京に移ったのちに本堂静子と結婚し長男(晋太郎)を授かったとなっている。
関東大震災から晋太郎が生まれるまで8ヶ月もなく、
仮に震災直後に結婚、晋太郎が生まれたとしても未熟児。
あの当時、果たして生きられただろうか?
ということで、晋太郎が安倍寛の実子であると言うのはかなり難しい。


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李晋、実は生きていた? ~とすると、その後のストーリーが全て繋がってくる・・・
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投稿者 hal : 2019年2月 2日 23:49